インタビュー第二弾、Liron Lavi氏『Aravritって何だろう?』

JIPSC/日本・イスラエル・パレスチナ学生会議

日本・イスラエル・パレスチナ学生会議は、イスラエル/パレスチナ問題における、現地において困難な相互の対話の機会を創出することを目的に設立された学生団体です。 毎年夏に議論を交えた合宿体系の事業を行っています。 The official website of Japan Israel Palestine Student Conference.

『What is Israel/Palestine for me-私にとってのイスラエル/パレスチナ』インタビュー第二弾!

 今回は、イスラエルで言語に関わる取り組みを行うLiron氏にお話を伺いました!彼女はフォントのデザイナーとして、ヘブライ語とアラビア語を組み合わせて作った新しい言語、Aravritを開発。過去にはTEDでも講演を行いました。今回は、そんなLiron氏がなぜこのような道のりを歩むことになったのか、その経緯も含めてお聞きしました。

インタビュー内容は、4月20日にSkypeでお話を伺ったものになります。

目次
1.Aravritとは何か
2.Aravritを用いた3つの活動
3.Aravrit誕生のきっかけになった街、ハイファについて
4.Aravritの誕生
5.Aravritの今後の展開
6.日本の読者へのメッセージ
まとめ

インタビューの様子

1.Aravritとは何か

ーAravritとそれを使った活動について教えてください。

  まず、Arabritはヘブライ語とアラビア語を組み合わせてできた、複合的な文字体系です。その構造は、上の部分がアラビア語、下の部分がヘブライ語で統合されています。つまり、アラビア語を話す人は上の部分を読み、ヘブライ語を話す人は下の部分を読むことができます。

 このように、異なる言語を読む人たちが、一つの言葉を見て、同時に、自分たちの言語で同じ意味を理解することができるのです。さらに、彼らはもう一つの言語の存在を認識することができ、、その言語を見逃すことはありません。だから、自分の周りには異なる言語を話し、異なる文化の中で生活している人たちがいる、ということに気づくのです。これが ”Aravrit” です。(以下はArabritのサンプルとそれに対応する日本語、ヘブライ語、アラビア語です。)

↑ ありがとう/ Toda/ Shukraan


↑ 水/ Maym/ Maan

2.Aravritを用いた3つの活動

 私がAravritを使って行っている活動は3種類あります。

 まず、単語のデザインです。これは自分がデザインしたい言葉をデザインすることもあれば、会社やお店などから依頼を受けて言葉をデザインすることもあります。つまり、対話を後押しする活動です。異文化の中で生きる人たちの対話を後押ししたいという組織がたくさんあります。そうした人たちの依頼を受けてAravritの言葉をデザインするのです。だから、日常生活の中で自分たちとは異なる文化を持つ人たちの存在を認識できることと特に企業がこうした些細なことに気を遣うようになることが付加価値となります。

 もう1つの活動は、トークショーやワークショップです。普段は月に一度くらい世界中を回っています。旅をしながら、このプロジェクトについて話したり、ワークショップを開いたりしています。でも、今はイスラエルでは感染症対策で移動が難しいので、オンラインのワークショップをやっています。

 ワークショップでは、ヘブライ語やアラビア語の読み書きができなくても、Aravritを作る方法を学び、テンプレートや例文を使って、自分たちのAravritを作ることが出来ます。だからこれは、文字のどの部分を残して、どの部分を省略していいのかを試行錯誤するある種の脳トレのようなものです。 聴覚障害者の方も、できるだけ誰でも読めるようなものを作ろうとすることができます。これが2つ目の活動です。

 そして3つ目がオンラインショップです。口で伝えるのではなく、見せることでメッセージを共有したい人のために、ネックレスやTシャツなどの商品を販売しています。

 見せて、使って、身につけることも、Aravritの大切な部分です。かつては美術館や展示会で展示したこともありましたが、、Aravritは特に日常生活の中でこそ生きていると思います。だから、Aravritを持ち歩いたり、身につけたり、使ったりすることで、誰かがそれを読んだり、それについて話したり、自分の経験を共有したりすることができるので、交流を生む一つのきっかけになります。またそれは素晴らしい対話を生み出すことができます。

 これが私が行っている3つの主要なことです。また、ソーシャルメディアでこのプロジェクトについて話したり、インタビューを受けたりもしています。このような話をしていると、Aravritからいろいろな話題が出てくるんです。


ーホームページで、ウィーンで行われたTEDでの講演を拝見しました。とても素晴らしかったです。

 そうですね、ありがとうございます。ウィーンではヘブライ語もアラビア語も知らない人が1000人くらいいて、それでもArabritに関する物語やそのコンセプトに共感してくれました。自分に馴染みのある言葉や道具でメッセージを伝える、これがオーディエンスの皆さんに伝えたかったことです。

3.Aravrit誕生のきっかけになった街、ハイファについて

ー 生まれはハイファだそうですね。ハイファについて教えてください。

 ハイファは私が生まれ育った街で、今も住んでいます。イスラエルで3番目に大きい都市です。イスラエルはとにかくとても小さな国ですが、ハイファは3番目に大きな都市で、山(カルメル山)があって、山頂から海を眺めることもできます。本当に美しい街です。ビーチにも行けます。ここには自然がたくさんあります。そして、ハイファではユダヤ人とアラブ人が共に暮らしているため、共存のあり方を示す都市としてしばしば取り上げられることもあります。つまり、人々がお互いに歩み寄りながら平和に暮らす一つの例としてハイファがあるわけです。

JIPSC員がハイファのJisr az-Zarqaにて撮影

―TEDの中で、「ハイファはユダヤ人とアラブ人が『共存(coexistance)』しているというよりも『平行線上に暮らしている(parallel existance)』」と言ってましたね。

これは実は先ほどの質問への回答の続きでもあり、そして私がAravritを始めたきっかけでもあります。私はユダヤ人とアラブ人が共に暮らす、共存の都市に生まれ、今も住んでいると言いましたが、これは宣伝用の広告のようなものです。みんなハイファをこのように言うのです。 

 しかし、私はアラビア語を習ったことはありません。イスラエルに暮らす多くの人々はヘブライ語話者なのですが、多くの人はアラビア語を学びます。しかし、私は学校ではアラビア語を学びませんでした。

 そして、ある日道を歩いていて、3つの言語の道路標識を見たんです。イスラエルでは、どの標識にも3つの言語が書かれています。ヘブライ語とアラビア語、そして英語、つまりラテン文字です。私がいつも目にするその標識を見たとき、その瞬間、私は実は標識の3分の1を無視していることに気がつきました。ヘブライ語を読んでいて、ラテン文字があることは知っていますが、アラビア語には全く注意を払っていなかったのです。

TED講演より、ハイファによくある道路標識

 これがきっかけで私は、本当は共存しているわけではないのではないか。私たちは口では共存していると言っているが、実際には自分たち(ヘブライ語話者=ユダヤ系住民)は自分たちの世界を生きていて、彼ら(アラビア語話者=アラブ/パレスチナ系住民)は彼らの世界を生きていて、そこにはほとんど交流がないのではないか、と考えるようになったんです。

 そこで、TEDでは「共存」ではなく、「平行線上に暮らしている」という言葉を使いました。これがAravritを作ろうと思ったきっかけです。自分の中でこの状況を変えていきたいと思ったんですね。アラビア語を無視するのではなく、共存したかった。


ー学校の教科書にはアラブ/パレスチナ人についての記述はないのですか?彼らについて知る機会はないのですか?

 歴史の授業では、主に戦争の歴史を取り上げています。みんな英語ともう一つの言語を勉強するのですが、アラビア語の授業は第三言語になっています。第三言語としては、アラビア語を勉強している人もいれば、私のようにフランス語を勉強している人もいます。第三言語に何を学ぶかはほとんど学校側が決めています。でも、正直に言ってイスラエルではアラビア語を一切知らなくても大人になることができます。それでも、誰も違和感を持たないんですよね。これが問題だと思います。


4.Aravritの誕生

ー”Aravrit” というアイデアはどのようにして思いついたのですか?

 私がしたかったのは、ヘブライ語とアラビア語のそれぞれの記号に等しく敬意を払うようなプロジェクトを作ろう、というものです。道路標識のアラビア語は、(フォントが)うまくデザインされていないし、配置が(ヘブライ語や英語と)うまくマッチしていないと感じました。そこで、私は書体デザイナーだからこそ、書体やフォントという独自のツールを使ってメッセージを伝えたいと思ったんです。

 そして、自分の言葉でメッセージを発信したいと思っていました。そこで、考え始めたんです。どうしたら見た目が全く異なるものを組み合わせることができるのかについて。ヘブライ文字とアラビア文字は見た目が全然違いますからね。

 私はそれを考えて研究し始めました。ある時点で、私はフランスの眼科医であるルイ・エミール・ジャヴァル博士の研究に出会います。彼はラテン文字についてある特徴を見つけたのですが、私はその研究に惚れこんでしまいました。彼が発見したのは、ラテン文字を読もうと思ったら、上の部分だけを見れば読めるというものでした。

 とにかく彼の研究に興奮して、私はこれがヘブライ文字にも適用できるかどうか試してみたいと思いました。しかし、残念ながらヘブライ文字では、ラテン文字のようには上手くいきませんでした。でも、なんとヘブライ文字の下の部分を見れば実際に読むことができる、ということに気がつきました。そして、アラビア文字についても確認してみたのですが、アラビア文字では上の部分を見れば読めるんです。こうして、Aravritという新しい書体が生まれました。 

 Aravritは上半分がアラビア文字で下半分がヘブライ文字です。常に同じ単語を、人々が同時に読むことができるようにしました。あとは文字をつないで、単語を作って、読めるかどうかを確認していくだけです。

ーヘブライ語とアラビア語は似ているところもありますが、すべての特徴が似ているわけではないようです。どうやってこの2つの言語を組み合わせているのですか?

 ヘブライ語とアラビア語は言語学的には似ている部分が多いです。なぜなら、どちらもセム語系の言語で、右から左に読むからです。でも、よく見てみると全く違うんですよ。ヘブライ語は非常にきっちりしていて角ばっているんですね。一方、アラビア語はもっと滑らかな感じで、それぞれの語を繋げて書きます。本当に大きな違いがあります。

 そこにそれらを組み合わせてみることの難しさがあります。ヘブライ語とアラビア語は音が似ている単語もたくさんありますが、全く違う音の単語ももちろんあります。つまり、同じ音すら使っていないんです。だから、かなり早い段階で私はヘブライ語の単語とそれに対応するアラビア語の単語をすべて組み合わせて、どんな単語も作れるようにしなければならない、ということに気づかされましたね。つまり、上記のAravritの例だとToda(ヘブライ語)とShukraan (アラビア語)は全く違う音なのですが、同じ「ありがとう」という意味を持っています。このような異なる音の単語を組み合わせるのは、Aravritの難しいところであり、面白いところでもあります。


5. Aravritの今後の展開

ーAravritを教育現場でも使いたいですか?それともデザインとして今後も活用していく予定ですか?

 すでに、ヘブライ語、アラビア語の両方を学んでいる子ども向けにArabritは活用されています。ヘブライ語を学ぶアラビア語話者のための公式教科書にも載っているので、語学習得の運動にもなりますし、物語について学ぶこともできます。私は多くの教育フォーラムに出席していますが、これを他の言語を学ぶ生徒のモチベーションツール(動機づけ)のように使ってもいます。これが未来だと思うんですよね。なぜなら、子供たちにとってAravritはとてもシンプルで、複雑なものではないので。ただ読めばいいんです。誰でも読めますが、子供にとってはとても簡単です。

Aravritブログより、Aravritを学ぶ子供

ー あなたは政治的な方ではないと思いますが、これが「平和」の活動だと思いますか?

 実はこのトピックについてはインスタグラムにも投稿したのですが。多くの人から「平和に当たる言葉をデザインしてほしい」と言われたので。でも私は「ノー」と答えました。これは、私が平和を望んでいないからではありません。イスラエルに暮らす人たちがみんなそう思っているように、私もとても平和を望んでいます。

 Aravritは間違いなく平和を促進していると思います。これは100パーセント言えることです。Aravritは情熱をもたらしてくれます。他の人たちのことを考えさせてくれます。「なんで今まで気づかなかったんだろう。私の町の道路標識にアラビア語があったことに。」「そういえば、アラビア語話者の友達がいないな。」といった気づきを得た人たちについて想像することもできるくらいです。

 母がAravritのネックレスをしていると、みんなが話しかけてきて、家に帰る度にアラブ人の友達が増えています。ネックレスを付けてるだけで会話のきっかけになるのです。

 つまりAravritは、政府の方針としてのやるのではなく、日常生活の中で、実践的な方法で促進しているものです。私が世界平和をデザインしたくない理由は、そのメッセージが二重になってしまうと思うからです。言葉の連鎖がその言葉の組み合わせに影響を与えた時に平和が生まれると思います。

 そして、もっと日常的にAravritを使いたいと思っています。これを見せて、これを見て平和になると感じてもらえるように。平和を実現するのに、敢えて「平和」を発信したり、「平和」であることを示す必要はないのです。 

ー同じ言語を使うことで、お互いの理解が深まり、新しい文化が生まれ、Aravritはまた、その新しい文化を引き継ぐための道具になる。このような活動が、お互いを知るための第一歩になるのですね。

 本当にそうです。そしてこれが、世界中の多くの人が、そしてイスラエルの多くの人がAravritを愛している理由の一つだと思います。言語を使うこと、文字を使うこと、この二つが日常生活でのコミュニケーションの基本です。これは本当に些細なことですが、言語はコミュニケーションの手段です。

 そして、文字は、目に入ったら自然と読んでしまうものなのです。私たちは、わざわざ「今から読みます」とは言わないですよね。ただ読むんです。そういったことがAravritをとても親しみやすいものにしているのだと思います。


6. 日本の読者へのメッセージ

ー日本の読者に伝えたいことはありますか?

 まず、言葉の意味については、例えばイスラエルの人よりも日本の人の方がよく理解していると思います。日本語って表意文字ですよね。日本の友達から聞いたのですが、日本の教育システムでは、鉛筆や筆を使って、たくさん文字を書く練習をしているそうですね。自己を表現するために書くことはとても重要です。

 ユダヤ教でも書く行為はとても重要ですし、イスラム教でも書道は神聖なものとされています。しかし、私たちの日常生活では、あまり重要視されていません。それに比べると日本の方は言葉の持つ力や書くことの意味を理解しているように思えます。

  「漢字」という記号を使って何かを表現するのそうですよね。音ではなくその形から意味が生まれる。だから、(音からではなく、形から意味を理解するという)Aravritのコンセプトは日本人にはすでに馴染みがあるのかもしれません。

 Aravritを越えて私が伝えたいメッセージは、「自分の身近なものを使って行動を起こすことで、本当に世界を変えることができる」ということです。

 活動家になる方法は一つではないし、メッセージを発信して多くの人の人生を変える方法も一つではありません。例えばAravritは単に読むための言葉です。

 そして、自分らしいこと、これだ!と思ったことを実践するとき、他の人たちはあなたのメッセージに耳を傾けてくれるのです。手段は言葉であっても、映像であっても、書体のデザインであっても、何であっても、構いません。自分にとってそれが自分の考え、気持ちを代弁できる手段であることで、そういう確信を持てるなら、自然と周りの人にあなたが発したメッセージは伝わると思います。

 同じ手段を使って、異なるメッセージを発信することもできます。例えば、私はAravritを使って、性的虐待についてメッセージを発信することもできます。そして私はイスラエルで「共に生きる」ことについてメッセージを発信することを選びました。

 あなたも是非いろんな方法にチャレンジしてみてください!!

聞き手:伊藤、伊勢、高柳


まとめ

是非Aravritがヘブライ語とアラビア語をつなぐ架け橋になればと思います。そして、それがそれぞれの言語を学ぶきっかけになったら、なんと素敵なことでしょうか。

改めて、インタビューを快く引き受けてくださったLironさんに感謝申し上げます。

皆さんはAravritについてどのようなことを考えましたか?日本の文化とAravritを組み合わせることもできそうですね。

▶︎こちらはAravritに関するサイトになります。

T-シャツやネックレスなどを購入できるので、是非この機会にご訪問ください!

JIPSC/日本・イスラエル・パレスチナ学生会議

日本・イスラエル・パレスチナ学生会議は、イスラエル/パレスチナ問題における、現地において困難な相互の対話の機会を創出することを目的に設立された学生団体です。 毎年夏に議論を交えた合宿体系の事業を行っています。 The official website of Japan Israel Palestine Student Conference.

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